2017-02-11

忙しすぎてブログの更新どころでない私が、久々に重い腰をあげたのは、この映画があったからです。
うちの母は遠藤周作、北杜夫、三浦朱門とかがわりかし好きで、それも母の母の影響かもしれないですが、、、ドクトルマンボウとか白い人・黄色い人、海と毒薬おバカさん、わたしが・棄てた・女一・二・三、砂の城、女の一生、深い河夫婦の一日 あたりは子供の頃読んでいて、それなりにおもしろかったから10冊以上読んでいるのだろうが、なにぶん母や祖母の影響でよんでいるので主体性がそうあったわけではなく、かすかに記憶にあるので沈黙』も既読リストに入っているのだが。試写会のときも、遠藤周作原作、監督マーテイン、スコセッシ監督という豪華な座組でも、日本にきた宣教師の棄教の話は、仕事がいそがしくて、体力が低下しているとき気の重くなる映画、それも三時間ものを見る気力がなかったのと、原作が20カ国で訳されている遠藤周作だとしても、、外人の監督が撮る日本ってやはりどこか日本人的には????と思うものが多いいわけで、なんだかそんな小さなところに気が散って集中できない私だというものありみていなかった。わけで、、、公開もうしていて同じ理由から見ない人が多く、すぐに打ち切りになってしまうやも、、なので、あわてて書くことにしました。
腐っても鯛ではないが最近パッとしてなかったスコセッシ監督、やっぱり巨匠なんだなと感心することしきりの秀作だった。神と人、信仰と人、日本と西洋の差をたったの三時間でこれだけねって、かつ分かりやすく表現した作品はそうそうない。なにより感心するのはスコセッシ監督が作品化したいと思いながら28年まって今これを撮ったということだ、すべての天才がそうであるように、この作品は10年まえでも28年前でもダメだったとおもう、今だからこそ世界に受け入れられる可能性があり、今後の日本と西洋の指針になりうる映画になったとおもう。名将はときを味方につけるが、名監督もまたしかり、時代にいつ楔を打つべきか心得ている。

あまり書くとネタバレになるのでかかないが、もう一つ特筆すべき点はほとんど台湾のクルーと
監督の西洋のクルーでこれだけ日本のことが違和感なくとられているのも素晴らしい、今国内の大河などの時代劇でも、時代考証がおかしなものが多い中、かなりちゃんとしている。お箸をかんざし代わりにさしているような日本人は一人も出て来ない、尾形イッセイさん、野火で素晴らしい作品を作っている塚本監督も素晴らしい演技をみせているし、浅野忠信を通訳役に据えているところ、日本人とその風土、そのヘタレで貪欲な(外人が想像する武士道とは違う側面の日本人の本質)を体現するキチジローは同時にアンドリューガーフィールド(ロドリゲス神父)に遣わされた天啓でもあるという重い役所に窪塚洋介を起用しているところ、信徒のちょい役に今売れに売れている小松菜奈、いぶし銀の笈田ヨシを起用するあたり、キャンスティングも素晴らしいバランス感覚だ、日本人の俳優が日本人の監督下よりのびのびと日本人魂を見せているのは、監督が日本や日本人を信じているのが手をとるように解る。
本作は聖書のなかの様々なクオートが使われているが、今回最も監督が全編に散りばめていたキーワードはヨハネ13章27節のは『汝なすべきことはなせ、為すなら早く成せ」 だったとおもうこのセリフはスターヲーズが原点ではなく、、イエスがユダに言った有名なセリフです。
ともかく見た後に日本が世界における役割と、そしてその役割を担った時の警告両方が解る映画です。愛とは自我を捨て、無我の境地であり、人の為になることが、自分の為になることであり、他人を許すことが自分を許すことの始まりであるということを明確に示唆していると思いました。ぜひ六本木、品川ではやってます(品川は満席で口コミの力を感じました)見たあとだれかに勧めたくなる映画だと思います。








































もう一度原作読み直して、かつ他の作品も読んでみよう思ってしまいました